第3回ハナショウブ小説賞

ハナショウブ小説賞とは?

三重県の県花でもある花菖蒲には、「情熱」「嬉しい知らせ」という花言葉があります。「情熱」を持って書き上げた作品を世に送り出し、著者に対して「嬉しい知らせ」を届けるために、「話で勝負(ハナしでショウブ)をする」という意味を込めて、「ハナショウブ小説賞」と名付けました。

第3回では、「テーマ部門」と「opsol部門」の2部門で長編小説、新たに誕生した「エッセイ部門」で400字からご応募可能なエッセイを募集します。「テーマ部門」「opsol部門」の大賞作品はopsol bookより書籍化、「エッセイ部門」の入選作品はopsol book公式サイトへ全文掲載いたします。

ハナショウブ小説賞を通して、物語を書くことが好きなあなた、新しいことに挑戦してみたいあなた、文章に込めたい思いがあるあなた、皆さまの作品に出会えることを、心より楽しみにしております。

応募要項

募集部門

(1)テーマ部門
「手紙」をテーマにしたフィクションの小説を募集します。

・恋愛、ミステリー、ファンタジー、コメディほか、ジャンルは不問です。
・原稿:縦書き(用紙:A4サイズ横向き)、1ページ40字×32行
・応募ページ数(原稿量):80ページ以上160ページ以内
・日本語で書かれた、完結済みのオリジナル作品(一次創作)を応募してください。

(2)opsol部門
「介護」「医療」「福祉」のいずれか一つまたは複数をテーマにしたフィクションの小説を募集します。

・恋愛、ミステリー、ファンタジー、コメディほか、ジャンルは不問です。
・原稿:縦書き(用紙:A4サイズ横向き)、1ページ40字×32行で作成
・応募ページ数(原稿量):80ページ以上160ページ以内
・日本語で書かれた、完結済みのオリジナル作品(一次創作)を応募してください。

(3)エッセイ部門
「介護」「医療」「福祉」のいずれか一つまたは複数をテーマにしたノンフィクションのエッセイを募集します。

・文字数:400字以上2,000字以内
・日本語で書かれた、実話を基にしたエッセイを応募してください。

応募方法

  • WEB投稿用フォームよりご応募ください。なお、部門ごとに応募フォームが異なりますのでご注意ください。
  • 応募フォームはGoogleフォームを使用しています。ファイルの送信にはGoogleへのログインが必要です。ログインの手順は、Googleのログインページをご確認ください。

募集期間 *部門によって締め切りが異なりますのでご注意ください。

  • テーマ部門・opsol部門
    2024年8月1日(木)9:00 ~ 2024年11月15日(金)17:00まで
  • エッセイ部門
    2024年8月1日(木)9:00 ~ 2024年10月15日(火)17:00ま

選考スケジュール

  • 最終結果発表は、2025年3月を予定しています。

発表

  • 入賞者のみ個別にご連絡いたします。その後、opsol book公式サイトにて入賞作品の発表を行います。
  • 選考結果に関するお問い合わせにはお答えできません。

賞概要

  • いずれの賞も該当作品が選出されない場合があります。
  • 賞金は消費税込みの金額です。また、別途源泉所得税が徴収される場合があります。
  • 書籍化及びopsol book公式サイト・opsol株式会社が発行・運営する誌面やウェブサイトへの掲載に伴い、内容について加筆修正をお願いすることがあります。

テーマ部門

【大賞】賞金30万円+書籍化(1名)
【金賞】賞金10万円(若干名)
【銀賞】賞金5万円(若干名)
【opsol book賞】賞金1万円(若干名)

opsol部門

【大賞】賞金30万円+書籍化(1名)
【金賞】賞金10万円(若干名)
【銀賞】賞金5万円(若干名)
【opsol book賞】賞金1万円(若干名)

エッセイ部門

【入選】図書カード5千円分(10名)

エッセイ部門へ応募する前に必ずご確認ください。作品の応募が完了した時点で、下記の内容に対して同意を得ているものとみなします。
・入選作品は、opsol book公式サイトへ全文掲載いたします。また、opsol株式会社が発行・運営する誌面やウェブサイトへ掲載される場合があります。
・入選作品は書籍化または電子書籍化されることがあります。
・入選作品の出版権及び映像化、商品化等の二次的利用の権利は、全てopsol株式会社に帰属します。

選考委員

鈴木 征浩(opsol株式会社 代表取締役社長 opsol book代表)
宮川 和夫(装丁家/宮川和夫事務所) *テーマ部門・opsol部門のみ
opsol book編集部

応募資格

*未成年の方は必ず保護者(法定代理人)の同意を得たうえでご応募ください。また、保護者にも必ず本応募要項をお読みいただくようお願い申し上げます。作品の応募が完了した時点で、保護者の同意を得ているものとみなします。

  • テーマ部門・opsol部門
    年齢、経歴、性別不問
  • エッセイ部門
    介護・看護・医療などの現場で働いている方、ご家族の介護経験がある方、福祉について学んだことがある方など、介護・看護・医療・福祉に携わったことがある方(職業は問いません)

原稿について

●テーマ部門・opsol部門

  • 原稿は縦書き(用紙:A4サイズ横向き)で、1ページ40字×32行で作成してください。
  • 応募ページ数(原稿量)は80ページ以上160ページ以内です。
  • 原稿は、PDF(.pdf)、Word(.doc/.docx)のいずれかで作成してください。手書き原稿の応募は不可とします(※手書き原稿のスキャンデータ応募も不可)。
  • 1ページ目に、作品名、ペンネーム(ふりがな)、本名(ふりがな)、本文の総ページ数(本文開始ページを1ページ目と換算)、投稿部門、梗概を記載してください。梗概について、文字数の指定はありませんが、あらすじではなく、起承転結がわかるよう、作品の最初から最後までを明瞭に記述してください。
  • 2ページ目以降に原稿ページを作成してください。また、原稿開始ページを1ページ目と数え、必ずノンブル(ページ番号)を振ってください。
  • フォントは明朝体を使用してください。
  • 文字の大きさは10.5pt以上で作成してください。また、1作品を通して文字の大きさは統一してください。
  • 応募データは白黒で作成してください。
  • ファイルサイズの上限は10MBまでとなります。
  • 応募ファイル名は「作品名」「著者名」「応募日」の順で記載してください。
    「オプソルブック」(著:オプソルタロウ)という作品を2024年8月1日に応募の場合
    (例1)オプソルブック_オプソルタロウ_20240801
    (例2)オプソルブック-オプソルタロウ-2024年8月1日 など
  • Word形式の応募用フォーマット例を用意しておりますので、応募の際にご利用ください。
▼応募用フォーマット(Word形式)はこちら


●エッセイ部門

  • 応募するエッセイの本文は、応募フォームへ直接入力してください。PDF・Word・手書き原稿・郵送などでのご応募は受け付けておりません。
  • 本文の文字数は、400字以上2,000字以内です。文字数を換算する際、空白や改行も一字と数えてください。

応募規定

●エッセイ部門

  • 第三者の著作権侵害・個人情報の開示やプライバシー侵害にあたる作品、またその恐れがある作品は、選考対象外となります。
  • フィクションの作品は対象外となります。ただし、個人の特定防止等のため、一部設定を変更することは可能です。

●全部門共通

  • 応募の際は、WEB投稿用フォームより応募してください。郵送での応募は受け付けておりません。なお、部門ごとに応募フォームが分かれておりますのでご注意ください。
  • 各部門1人1作品まで応募可能です。
  • 規定の応募作品数であれば、全部門にご応募していただけます(※同一作品の応募は不可)。
    (例)テーマ部門、opsol部門、エッセイ部門に各1作品ずつ応募
  • AIにより自動生成された作品は選考対象外となります。受賞後に発覚した場合は受賞を取り消します。
  • 応募は日本在住の方に限ります。
  • 営利目的でない場合に限り、ウェブサイトや同人誌等に掲載された作品も応募可能です。応募の際は掲載したサイト名や同人誌名を応募フォーム内にて明記してください。
  • 投稿サイト、個人ブログ、SNS等に掲載済みの作品をご応募いただいた場合は、選考中に掲載の取り下げをお願いいたします。
  • 過度な残虐描写や性描写を含む作品、特定の個人・団体を誹謗中傷する内容、第三者の著作権やその他の権利・利益を侵害する、または侵害する可能性が高い作品(パロディ・模倣を含む)は選考から除外いたします。
  • 応募規定外の作品については、選考の対象外となりますので、予めご了承ください。

▼応募の前に下記の応募規約、個人情報報保護方針(プライバシーポリシー)を必ずご確認ください。

応募規約
個人情報保護方針(プライバシーポリシー)

▼ハナショウブ小説賞に関するよくあるご質問は下記をご確認ください。

よくあるご質問

応募フォーム *2024年8月1日(木)9:00よりご応募が可能です。

応募受付は終了しました。(2024/11/15 17:00更新)

最終選考ノミネート作品の発表はこちら(2025/2/28更新)

2025年2月28日 / 最終更新日 : 2025年2月28日 opsolbook

【第3回ハナショウブ小説賞】最終選考ノミネート作品発表!

第3回ハナショウブ小説賞 最終選考ノミネート作品(敬称略・順不同)

opsol部門 2作品

『生を紡ぐ』染夜美月

『あしたに一歩。』南木野ましろ

テーマ部門 3作品

『文車』藍田陽彦

『母の思惑』南木野ましろ

『二通の手紙』のがみなみ

編集部より

このたびは、第3回ハナショウブ小説賞にたくさんのご応募をいただきありがとうございました。
第3回では、opsol部門にて「介護」「医療」「福祉」、テーマ部門にて「手紙」がテーマの長編小説を募集し、上記作品が最終選考にノミネートされました。
なお、エッセイ部門につきましては、最終結果のみの発表とさせていただきます。

最終結果発表は2025年3月下旬を予定しております。発表までもうしばらくお待ちください。

※最終選考へのノミネートは、各賞の受賞を確約するものではございません。予めご了承いただきますようお願いいたします。

最終結果発表はこちら(2025/3/31更新)

2025年3月31日 / 最終更新日 : 2025年3月31日 opsolbook

【第3回ハナショウブ小説賞】最終結果発表!

第3回ハナショウブ小説賞 受賞作品

このたびは、第3回ハナショウブ小説賞にご応募いただきありがとうございました。
受賞作は下記のとおり決定いたしました。

opsol部門

【大賞】
該当作品なし
【金賞】賞金10万円
『生を紡ぐ』染夜美月そめやみづき
【銀賞】
該当作品なし
【opsol book賞】賞金1万円
『あしたに一歩。』南木野なぎのましろ

テーマ部門

【大賞】
該当作品なし
【金賞】賞金10万円
『母の思惑』南木野なぎのましろ
【銀賞】賞金5万円
『二通の手紙』のがみなみ
【opsol book賞】賞金1万円
『文車』藍田陽彦あいだはるひこ

エッセイ部門

【入選】図書カード5,000円分
*入選10作品 順不同
『医師が深刻な症状で病院にかかって気づいたこと』吉村史年よしむらふみとし
『悲しい背中』おは
『グリーンのアイシャドウ』石川いしかわ莉緒りお
『車椅子のカラヤン』野間のま栄子えいこ
『桜道』高鳥珠代たかとりたまよ
『障がい者の就労支援』北乃宙きたのそら
『新人カラスの発声練習』秋田柴子あきたしばこ
『食べてただいま』大島絆おおしまきずな
『小さなヒマワリの思い出』空滝大地そらたきだいち
『我が家の灯』杉本すぎもとあずさ
エッセイ部門入選作品はこちら

2025年3月31日 / 最終更新日 : 2025年6月25日 opsolbook

第3回ハナショウブ小説賞 エッセイ部門 入選作品

第3回ハナショウブ小説賞 エッセイ部門 入選作品

『医師が深刻な症状で病院にかかって気づいたこと』吉村史年
『悲しい背中』おは
『グリーンのアイシャドウ』石川莉緒
『車椅子のカラヤン』野間栄子
『桜道』高鳥珠代
『障がい者の就労支援』北乃宙
『新人カラスの発声練習』秋田柴子
『食べてただいま』大島絆
『小さなヒマワリの思い出』空滝大地
『我が家の灯』杉本あずさ

『医師が深刻な症状で病院にかかって気づいたこと』吉村史年

   それは、休日にオンラインのシューティングゲームをしている時に起こった。私は、中毒性のあるそのゲームで負け込んで、夕方になっても部屋の電気も点けず、苛立ちながらひたすら見えた敵を撃っていた。
   右側から不意に敵が現れる事が多くなった。疲れて集中力が落ちているのだと思った私は、鮮やかな逆転勝利を収めたところで、ゲームを終え、部屋の電気を点けた。
   右眼に違和感があった。右下の部分が真っ暗で見えないのだ。最初は明るさに慣れるための明順応に時間がかかっているのだと思った。しかし、五分、十分と経っても、右眼の右下四分の一はずっと見えないままで段々と焦りを感じ始めた。これは目の疾患による視野狭窄ではないかと思い至ったからだ。
   努めて冷静になろうとした。しかし、夕方遅くまで診療している眼科を探すためにスマホを操作する指は震えていた。内科医師である私は、学生時代の記憶から視野狭窄を起こす疾患が何かを考えた。すぐに浮かんだのは緑内障と網膜剥離だ。他にもあるだろうが、頻度の高い疾患はこの二つだった。特に後者は強度近視を持つ私がいつかはかかると覚悟していた疾患だ。どちらもすぐに治療を受けないと失明に繋がる。
   まずい、私は夜遅くまで受付をしてくれる眼科クリニックがある事を突き止め、取るものも取りあえず家を出た。
   駅までの道のり、ずっと失明の恐怖に怯えていた。これまで眼鏡で矯正すれば見えるのが当たり前だった世界が失われる。何度も気のせいだ、思い過ごしだと自分に言い聞かせながら歩いた。途中で何度も右眼で遠くを見てみたが、やはり右下が暗くて見えていない。気のせいじゃない。不安になる自分に、今はできるだけ視力を守る努力をすべきだと言い聞かせ、駅へと急いだ。
   電車の中では、紙とペンを取りだして、自分の症状を記載した。自分が外来診療をしている時、患者さんが時系列に沿って話をしてくれると、とてもわかりやすくて診断に集中できていた事を思い出し、何時何分に何が生じたか、その後どう変化したかを箇条書きで読みやすいように記載した。そして、薬のアレルギー歴や既往歴がない事も書き加えているうちにクリニックの最寄り駅に到着した。
受付終了間際に駆け込んだ眼科で、受付の女性は、私の問診表と電車で書いたメモ書きを持って、視覚技能士らしきスタッフに相談に行った。そして、そのスタッフは渋い顔をして言った。
「今日は遅く、しかも検査日ではないので詳しい検査はできません。来週の検査日に来て下さい」
   ここで思い起こしたのは、学生時代の知識だった。来週の検査日まで五日もある。もし、予想している疾患だったら、この五日間で手遅れになりかねない。私は彼女らに頭を下げた。
「医師に繋いでください。眼圧検査と眼底検査だけでいいのでお願いします。それで異常が無ければ帰りますので」
   すると、スタッフは眼科医に取り次いで、すぐに検査を始めてくれた。眼底写真を撮り終えて数分もしないうちに、私は診察室に呼び出されていた。
「網膜剥離ですね。緊急ですので、手術のできる病院に紹介状を書きます」
   眼科医の言葉に、やっぱりという絶望感と、診断がついて良かったという安心感が混じり合った。医師は私の家から比較的近い大きな眼科医院に紹介状を書いてくれた。翌朝一番に、紹介状を持ってそこに行き、すぐに手術の日程を組んでもらった。こうして手術を受けられたお陰で、右眼の視野はほんの少し欠けただけで、失明を免れる事ができた。
   今回の経過を振り返ると、気づきが二つ得られたように思う。一つは医師が他の医師を受診する難しさだ。医師というのはなまじ知識があり変にプライドがある。私が他の医師を診察していて感じるのが、高圧的な態度で受診してくる人が多いという事だ。特に年長の医師は、つい自分の専門知識をひけらかして、自分の思い通りに治療させようとしてくる。私は、それが相手に悪感情を持たせる事がわかっていたので、プライドを振りかざさず自分の予想と最低限の要望だけを伝えた。もう一つは、眼科診療の時、終了時間間際でも検査してもらったというありがたみだ。正直に言うと、私も内科診察で受付終了間際の患者さんを診ることは診るが、心の中では「もっと早く来てくれたらいいのに」と愚痴をこぼしていた。しかし、患者さんも好きで夜遅くに病気になるわけではないのだ。仕方がない事もある。それなら、多少帰りが遅くなっても、診察に集中してお互い気分よく帰れるようにしよう、そう思った。
   普段診る側が、診られる側に回る。今回の疾患で視野をほんの少し失ったが、得られた学びは小さくない、そう思った。

『悲しい背中』おは

   忘れられない光景がある。
   もう10年以上前のこと。老人ホームにてボランティアをしていた時期があった。ホーム併設のデイケア利用者の話し相手になったり一緒に体操やレクリエーションを楽しんだり、といった活動内容である。今にして思うと自分のような知識や経験のないオネエチャンがいても特に役に立つことはほとんどなかっただろうが、それでも施設スタッフをはじめ、実に色々な方に良くしていただいた。
   初めて身を置く介護の現場。辛い、汚い、苦しい……そんなイメージとはうらはらに、スタッフの皆さんの笑顔は常に絶えることはなく、とても明るい現場であった。
   ある日。いつも来るおじいさんの姿が見えない。デイ利用にもきちんとスーツを着てくる反面、冗談が好きなお茶目なおじいさんだった。翌週も来なかった。そのまた翌週も……。おじいさんが肺炎をこじらせ、帰らぬ人となってしまったことを、業務開始前のカンファレンスで聞いた。
   いままで元気でいたはずの人が突然、帰らぬ人となる。私には衝撃的なことだった。だって、どんなに会いたくてもおしゃべりしたくても、地球のどこを探しても、もうその人とは出会えないのだ。さすが職員の面々はプロであるがゆえ、悲しさを他の利用者の前では表に出さない。介護の現場ではこういったことがいつ起きてもおかしくはない。いつか慣れたりするのかな……なんて思いがふと胸をよぎってしまった。

   その日の夕方、デイケアが終了し、利用者が帰宅してがらんとしたデイルームの椅子に、スタッフKさんがひとり、座っていた。どうされましたか、と声をかけようとして、はっとした。その椅子はいつも、亡くなったおじいさんが座っていたお気に入りの場所だった。太陽のあたる、外の景色がよく見える場所。その席を秋の夕焼けの日差しが照らす。光が優しく包み込んでいるようだった。声をかけようにもかけられず、少し離れたところで、私はただその後ろ姿を見ていた。
   と、ぽつんと座るKさんの腕が動いた。優しく机に触れ、自分の座る椅子に触れる。何を慈しんでいるのか分かり、思わず喉がぐっと鳴った。何が慣れだ。少しでもそんなことを考えてしまった自分を恥じる。
   悲しくないわけがないのだ。苦しくないわけがないのだ。
   いろいろな思いを抱えて、それでも毎日笑顔で利用者に接することがどれほど大変なことか、私は痛感した。
   あの時のKさんの切ない後ろ姿を私は今でも忘れることができない。
   悲しみと、愛おしさを包むような西日が、とても優しかったことも。

『グリーンのアイシャドウ』石川莉緒

「グリーンのアイシャドウがいいのよ」
   さっきまで口も利けないほど気持ちが落ち込んでいたのが嘘のように、祖母はハキハキと要求した。
   茶色いアイシャドウを祖母の瞼に塗ろうとしていた私が手を止めると、
「グリーンが一番日本人の肌に合うし透明感も出るんだから」
   と明確な理由まで語りだすので、余計面食らう。
   久しぶりのメイクに挑む祖母の意志は固いが、祖母のドレッサーには何も入っていない。
   祖母が一人暮らししていた家を出ていく際に、私が中身をほとんど破棄してしまっていた。
   私は自分が持ってきたコスメポーチの中を慌ててごそごそ探し始めた。

   中程度の認知症を患っている祖母は、施設に入所してから目に見えて短期記憶力が低下していった。
   自分が言ったことでも五秒もすれば忘れるから、言っていることがコロコロ変わる。食べたいものや行きたいところでもなんでも。
   祖母の気分や要求にそぐわないことをすると激昂させてしまい、最終的には食事や会話も儘ならなくなるほどふさぎ込んでしまう。
   自分の欲求もわからなくなるほど記憶がもたないのだから、混乱し不安になってしまうのは当然だ。
   実際、白髪を染めたいと泣き喚いた翌日に施設に迎えに行くと、「髪の毛を染めたいなんて言っていない!」と吐き捨てふて寝してしまった。
   私は鬱のスイッチが入るときに祖母が見せる暗く澱んだ目に泣き叫びそうになることがある。
   だから、祖母と接するときは、機嫌がいいときでも神経を使う。
   コロコロ変わる要求や気分にいちいち理由を求めてはいけない。

   そんな祖母が久々に「日本人の肌に合うから」とわかりやすい理由まで添えて、明確に意思表示をしてくれている。
   元々おしゃれが大好きな祖母だから、大慌てで入所した施設にある最低限の荷物では満足にファッションを楽しめなかったのだろう。
   認知症になろうと好きなものを丸ごと忘れてしまうわけではない。
   寧ろ、限られた記憶力の中でより鮮明で大切な存在になっているに違いない。

「おばあちゃん、グリーンのアイシャドウあったよ」
   私はうやうやしくアイシャドウを差し出した。
   茶色やピンクなど暖色のアイシャドウが主流の中で、グリーンはやや突飛な色だ。
   たまたま私のポーチに入っていたのは今でも奇跡だと思う。
   祖母は、きらきら光るうぐいす色のアイシャドウをじっくりと確認すると、「これ塗って」と瞼を閉じた。

   偶然見つかったグリーンのアイシャドウだが、正直気に入ってもらえるか不安だった。
   見た目がグリーンなのは確かだが、実際に瞼に塗ると殆ど発色しないのがわかっていたからだ。
   僅かにちらちらと緑色に光る繊細なアイシャドウを今の祖母にわかってもらえるか。
   なるべく濃く塗りたくて何度もブラシをガシガシと往復させた。
「あら、いいじゃない」
   恐る恐る祖母の顔を覗き込んだ私に祖母は合格を出した。

   そのあとも祖母のメイクを見守っていると、祖母は瞼に限らず、同じところを何度も塗っているのがわかった。
   眉毛がどんどん濃くなっていく。
   眉毛が済むとリップをぐりぐり塗り、また極太になった眉毛に戻る。
   充分濃くついている化粧品を認識できず、「ねえ、ちゃんとメイクできてる?」と鏡ではなく、私に何度も確認する。
   そのたびに「すっごくきれい!」と私は心からの賛辞を贈った。

   施設に入所してから、祖母の笑顔をあまり見なくなった。
   優しい施設スタッフや友達になってくれる入居者にまで恵まれてこれ以上の環境は求められないのに、祖母はどんどん消耗していく。
   まだ自分は年寄ではないのになぜデイサービスに行かないといけないのか。
   自分はデイサービスに行きたくないといっているのに、甘いお菓子で釣って無理やり参加させようとしてきて腹が立つ。
   ずっと一人暮らしをしてきた祖母が簡単に集団生活に慣れるわけはないと覚悟していたつもりだったが、抗うつ剤に頼らないとまともに日常生活も送れなくなった祖母を見て、いっそ仕事を辞めて在宅介護をした方が幸せなのではないかと何度も考えた。

   自分は認知症なんかじゃない、まだメイクもできる、施設に帰ったら他の年寄よりも目立ってやらなきゃ!
   ドレッサーに向かう祖母のメイクは、ただのおしゃれではなく、自尊心をかけた必死の戦いだった。
   その自尊心が揺らぐたびに、「メイク、すごくきれいだよ!」と私は激励した。
   メイクが仕上がると、祖母は極上の笑顔でヘアスプレーの代わりにドライシャンプーを何度も髪の毛にかけていた。

   認知症は一度患うと、一気にすべてを忘れ、何もかもを認知できなくなるわけではない。
   段階によっては、まだまだ残っている認知力によって不安も喜びも倍になる状態だと思う。
   その認知力から見える世界で生きていくには、いつだってほんの少しの嘘と絶対的な自己肯定感が必要だ。

   その日、私は祖母に全身コーディネートしてもらっている。
   子供服に身を包んだアラサーの私も、初めて自分を肯定できるような気がした。

『車椅子のカラヤン』野間栄子

   障がい者施設での実習四日目。私は宇都宮さんの部屋に行った。ノックをすると、車椅子に乗った初老の男性が現れた。
「職員の○○から聞いてるよ」宇都宮さんはくすくす笑いながら言った。「あの職員がさ、実習生に色々教えてやれって。今日はよろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
   部屋の壁には指揮者のポスターが貼ってあった。
「僕はカラヤンが好きでね」
   宇都宮さんは「ついてきて」と言いながら、電動車椅子を器用に動かして私を施設の一角に誘った。車椅子が置いてある。
「今日は1日車椅子で過ごしてもらいます。あなたは若いから手動のやつ使おうか。僕は老人だから電動を使わせてもらうけど」
「……」
   私は車椅子に乗った。視界が一気に下がる。
「さあ、障がい者の世界へようこそ」
   施設を出ると、すぐに汗ダラダラになった。道がでこぼこしている。手動の車椅子を漕ぐのがこんなに大変だとは思わなかった。私は明日の筋肉痛を覚悟した。
「本でも買うか」
   宇都宮さんはそう言いながら本屋に向かった。すぐに、中から店員さん達が出てきた。
「いらっしゃいませ! 段差がございますので、お手伝いいたします」
   店員さん達はにっこり笑って車椅子を持ち上げてくれた。ついでに私の分も持ち上げてくれた。
「お手の届かないところに本がありましたらお声がけください」
「ありがとう」
   店内がとても狭く感じる。平積みの本を落としてしまいそうになった。宇都宮さんは『カラヤン、クラシック音楽の帝王』という本を購入した。
「ね、段差があってもバリアのない所は過ごしやすいでしょう?」
   確かにそうだ。入り口の階段はバリアフリーじゃないけれど、あの本屋さんは非常に過ごしやすかった。
「ここからちょっと嫌な思いをしてもらいます。障がい者をめちゃくちゃ嫌うファミレスに行きます」
「え?」
「あなたは社会福祉士になるんでしょう? 僕たちを助ける立場になるわけだよね」宇都宮さんはすごく真面目な声で私に言った。「野間さんね、僕は絶対にあなたに経験しておいて欲しいんだ」
   私は緊張してファミレスに乗り込んだ。なんの変哲もない町のファミレスだ。
「いらっしゃいませ……あのう、お付き添いの方は?」
「私たち二人ですが」
「申し訳ございません」張り付いた笑みを浮かべたウェイトレスが言う。「お付き添いのない障がい者の方は入店をお断りしているんですよ」
「そうですか」そう言って宇都宮さんはカラヤンが指揮するように目を閉じた。
「ですから……」
「お茶を一杯だけ飲みたいんですがね」宇都宮さんはカラヤンのように堂々と言った。「僕は介助なしでお茶も飲めるし、トイレにも行ける。お金だって持っています」
「でも、お連れ様は……」
「野間さん? あなた一人でトイレ行ける?」
「はい!」
   私は答えた。
「彼女、行けますよ。ダメですか?」
「……」
   私たちは入店を許された。宇都宮さんはアイスコーヒーを注文した。疲れたでしょう? 甘いものでも頼んで下さい……。宇都宮さんがそう言ったので、私はメロンソーダを注文した。宇都宮さんが言った。
「僕はここへ来る度に自分の胸に黄色の星がついている気分になる」
「……」
「悪いのはあのウェイトレスさんじゃない。付き添いのない障がい者を入れないって決めた上の人だ」
   やがて先ほどのウェイトレスさんがアイスコーヒーとメロンソーダを持ってやってきた。
「先ほどは……あの……大変失礼を……」
「あなたは悪くないですよ。そうでしょう?」
「……」
   彼女は私達に丁重に頭を下げた。彼女の後ろ姿は泣いているかのように震えていた。
「一人ひとりはいい人なの。でも、上に立つ人が間違ったらいい人も悪い人になるの。それだけなんだよ、野間さん」
   ポツリと宇都宮さんはそう言って、悲しそうに笑った。

『桜道』高鳥珠代

『満開の桜を見に散歩に行こう!』
   それが募集の内容だった。定員が五十人の施設の中で、たった四人の参加者。このポスターを見たほとんどの入所者は、そんなの自分で行けるからいいよ、と思ったに違いない。
   ここは自立型老人施設、基本的に自分のことは自分で出来る人の集まりである。だから散歩なんて連れて行ってもらわなくても自分で行ける。それでも参加を希望した人たちは、普段から積極的に出掛けられない出不精な人や、杖を使いながらならゆっくり歩けるのだけどといった人だった。
   散歩といっても、施設から近くの公園までは車で向かう。ワゴン車の大きなシートに、皆頼り無げにちょこんと座る。コロナは一応収束したとはいえ、マスクなし、狭い空間でのおしゃべりはご法度である。それぞれが黙って窓の外を眺める。ようやく始まったイベント、みな表情が硬い。外に出るという不安な気持ちを表すように、シートベルトで固定したはずの身体が、荒い舗装の道をガタガタ走る車と一緒に、ガタガタと不安定に揺れる。
   着いたのは、施設から車で五分ほど離れた場所にある、大きなグランドをいくつか備えた総合公園だった。グランドをぐるりと囲むように敷かれたアスファルトの道に沿って、桜が植えられている。その桜の帯のような道を、皆でゆっくりと歩く。耳が遠いうえ杖を使わなければ歩けない女性と、認知症がだいぶ進みだした女性のふたりが、段々と集団から遅れ始め、いつしか集団はふたつに別れた。私は遅れ始めたふたりに歩調を合わせる。前の集団の背中が段々小さくなっていく。
「もう仕事には慣れましたか?」
   ひとりが、覗き込むように私に問いかける。
「いえ、まだまだです。皆さんのお顔と名前が一致しなくて……。新しい仕事も全然覚えられないし」
   答えながら涙が出そうになった。定年退職と同時にした転職。同じ事務職とはいえ、一般企業から、まったく勝手が分からない介護施設に飛び込んだ。『そんなにいい職場、よく見つかったね』とまわりからは羨ましがられた。『たまたまね、運がよかったわ』と答えるその時の私は、自信と希望に満ち溢れていた。満ち溢れていた転職だったはずなのに……。風に散る桜の花びらを目で追いながら悲しくなった。事務職と言っても、イベントやお出掛けの付き添いや総務や会計など、入所者に関わることは山ほどある。人と関わることは好きだったのに、慣れない仕事は何をやっても失敗ばかりだった。
「大丈夫ですよ。なんでも無理しないで、ぼちぼちですよ」
   その不安な気持ちを推し量るように、ひとりが優しい眼差しで私を見つめる。
「ほら見て、桜のトンネルみたいね。桜道を通るときは、新しいことが始まるってことなのよ。だから焦っちゃ駄目」
   もうひとりが振り返り、耳が遠いからか大声で話す。その言葉を聞きながら、私は小学校の入学式を思い出していた。あのときも、街角で迷子になったときのように、不安な気持ちで一杯だった。入学式の会場となった、幼稚園のホールとは比べものにならない位大きな小学校の体育館に、その日初めて会った子と手をつないで入場する足どりは、前の日までのとは違って、背中のランドセルのように重かった。あの日は、きょうと同じように体育館までの道に桜の花びらが舞っていた。
   みなを喜ばせるために来たはずの散歩で、逆に私はみなに励まされていた。淡桃色の桜の花びらが、フワリと吹いてきた風にあおられて、ヒラヒラと舞う。花冷えの中、定年と同時にまた一年生になった私の心は、ここに着いたより温かかった。焦らずに、こんな風に少しずつ関わりをもっていけばいいのだと気づかされた。永く生きている人たちはやっぱり凄い、敵わないなと思った。駐車場の隅に見え始めたワゴン車に向かう私の足取りは、降りたときよりも軽くなっていた。

『障がい者の就労支援』北乃宙

「内定もらったよ」
   3年前のこと。いつもはもの静かなAさんが飛びっきりの元気な声で窓口に駆け込んで来た。見た目はごく普通の18歳の好青年であるが、実は統合失調症を抱え、知らない人と話もできず、引きこもりがちだった。
   私は現在、湘南の福祉事務所で主に生活保護受給者の就労支援をしている。ずっと民間会社でモノづくりに注力して来たが、定年後は地域社会に少しでも役立つ仕事がしたいと思い、就労支援に舵を切った。
   私がAさんと出会ったのが、8カ月前だった。初めて面談した時はヒヤリングも思うように進まず当惑したことを覚えている。
「得意なものを教えて」
「どんな仕事をやりたいのかな」
   やさしく尋ねたつもりだったが、口を閉ざしたまま。これでは就労支援以前の問題だ。どうしたら心を通わせることができるか。
   そこで私が取った方法はポンチ絵だ。かつて若かりし頃、開発会議の場で、仲間とアイディアを白板に書きなぐったことがあった。その経験を思い出した。
   働く意義や喜び、社会との交わり、さらには将来の人生設計まで、就労に関連したキーワードをおもいつくままに語りかけながら書き、それを〇で囲む。次に、それらの課題や解決策のキーワードを自分に言い聞かせるように記入し、同様に〇で囲み、これらを線で結ぶ。これが私流のポンチ絵だ。こうして話しながら絵図にし、最後に面談者に渡すことで、情報が残り安心感を与えることになる。
「面白いね」
   Aさんがポンチ絵を手にした時、笑みがこぼれたのを私は見逃さなかった。
   昨今、コロナが落ち着いたとは言え、雇用環境は依然として厳しい状況が続いている。とりわけ事務職は高い競争率が待っている。障がい者の場合も例外ではない。障がい者手帳を持っていれば、障がい者雇用枠の求人もあるので表面的には難しくなさそうに思えるが、そもそも障がい者雇用枠の求人は圧倒的に少なく、また就業場所や業務も限定されるため、希望する仕事に就くのは容易ではない。
   Aさんの場合、就労移行支援事業所の利用経験もあったが、なかなか就労には至らなかった。回り道をしながら、福祉事務所へ相談に来られ、私の出番となった。生活保護受給者の中にはさまざまなハンディを抱えた人がいる。幼子を抱えた母親、身体疾病者、出所者、そして障がい者。就労支援で欠かせないのが就労意識である。これが備わっていないと、どんなにいい求人を探しても、応募手助けをしても、功を奏さない。
   就労支援の面談は通常、月1回のペースで行っている。私はAさんに対して、面談の都度、このポンチ絵方式を繰り返した。毎回、キーワードは微妙に異なるが、それがかえってAさんにはいい刺激になったようだ。5カ月が過ぎ、明らかに変化が起きた。Aさんが自分から発言するようになったのだ。
   こうなればしめたもの。意思疎通ができ、就労意識が高まればきちんと就労支援に進めることができる。Aさんに適した障がい者求人を懸命に集め、その仕事の厳しさ、得るもの、将来の可能性などをアドバイスし、応募するかどうかの見極めを行った。一旦、応募を決めたら、今度はそれに受かるための作戦を練る。最も大事なことは、応募職でどう取り組むか、を自分の言葉で仕上げることだ。
「経験がないからわからないよ」
   Aさんが反発したことがあった。
「確かにどの仕事も初挑戦だから、難しいよね。だったら、どう仕事に向き合うか、素直な気持ちを書けばいい。どうしても浮かんで来なかったら、学びたいことでもいい。自分でポンチ絵を作ってごらん」
   私の激励に大きく頷いた。面接リハーサルもした。元来、話すのが苦手なAさん。それでも私との信頼関係ができてからは必死に食らいついて来た。でも、Aさんは就職面接で2回落ちた。確か3回目の応募だったと思う。Aさんは見事、念願の事務職就職という吉報を手にしたのだ。今まで見せたことのない笑顔に、私も心が躍った。
   就労支援は福祉の分野では裏方の地味な存在かも知れないが、私は誇りを持っている。並大抵の苦労ではないが、うまく行けば障がい者を含め、多くの社会的弱者とあふれんばかりの喜びを分かち合うことができる。これ以上、幸せなことがあろうか。

『新人カラスの発声練習』秋田柴子

   以前、街の小さなクリニックに勤めていたことがある。
   広い意味では医療もサービス業に含まれるが、普通のそれに較べるとかなり趣が違う。何しろ病院で提供されるのは、およそ人には好まれないサービスだからだ。腕に太い針を刺されて血を抜かれる。己の排泄物の提出を迫られる。身体の痛い部分を触られる。誰が好き好んでそんな“サービス”を受けたがるだろうか。
   そのせいか待合室で順番を待つ患者さんの表情は固い。少なくともカフェでお洒落な飲み物の出来上がりを待ちわびる時の顔ではない。慣れない頃は次の患者さんを呼ぼうと廊下に出た途端、その強張った顔が一斉にこちらを向く迫力にいささか怯んだものだ。
   それゆえ医療者は笑顔必須なのだが、同僚の男性はよくぼやいていた。「こっちは笑顔のつもりでも、男ってだけで怖がられることもあるからなあ」性別でのカテゴライズの難しい昨今だが、彼の言うことは一理あるだろう。
   では女性ならばいいのか。否、女性でも威圧感の強い人は存在する。何を隠そう、私自身がその例だ。顔や体型などの外見ではない。問題なのは声である。
   私の声は低く固い。ハスキーボイスなどと格好のいいものではなく、文字どおりドスのきいた声の持ち主なのだ。同じ自分の声でも、己で聞くのと他人様が聞くのとでは全く違う。若い頃にビデオで初めて自分の音声を聞いた時は、衝撃で耳を塞ぎたくなったほどだ。以来、話し方に気をつけてはいるものの、勤務当初はずいぶん悩んだ。ここは病院である。心身の不調でナーバスになった患者さんを怖がらせてはいけない。
   そこで私は考えた。実はひとつだけ有利な点がある。私はかつて物真似が得意な子供だった。アニメのヤンキーキャラからクラスのぶりっ子同級生、果ては電話の自動音声案内まで、見事そっくりに再現できたのである。甲高いぶりっ子声が出せるなら、このドス声を変えることも理屈上は可能なはずだ。
   だが女性の高音は、高齢者の最も聞き取りにくい音と言われている。病院という場所は、小児科などの例外を除けば年配の患者さんが非常に多い。むかし読んだ物の本にも「女性の深いアルトがいちばん聞き取りやすい」と書いてあった。深いアルト! これなら私のドス声でも何とかなるのではないか。それが実現できれば、むしろ好都合のはずだ。

「○○さん、○○××さーん。お待たせしました、どうぞ」
   勤務先の規則に従ってフルネームで名前を呼ぶ。もちろん笑顔付きだ。第一印象の良し悪しは、その後の治療にも大きく影響する。それこそ歌手が発声練習をするかのような意気込みで毎日患者さんの名前を呼び続け、やがて半年も経った頃だろうか。
「先生、綺麗な声しとるねえ」
   呼ばれた当人とは別の老婦人が、待合室の椅子からこちらを見上げて言うではないか。思わず心臓がどわんと跳ね上がる。
「いえいえ、昔からドスのきいた声って言われるんですよー」
   慌てて謙遜してみせるが、老婦人はきっぱりと首を振った。
「そんなことないで、綺麗な声しとるわ。なあ」
「ほんとや。色っぽくて女優さんみたいな声やわ」
   絶妙な合いの手とともに、他の患者さんたちが温かい笑顔と頷きを返してくれる。
   女優さんの声! 思わず心の中で上げた雄叫びをお許しいただきたい。カラスがウグイスに化け得るなど、一体誰が予想しただろうか。
   それから私は、頻繁に患者さんから声を褒められるようになった。
「あれ、今日はあの声の綺麗な先生、お休み?」
   だが残念なことに、我が親愛なる同僚はその肩書を聞いても、誰一人として私のことだと思い至らなかった。なぜなら私の“女優声”は、あくまで呼び出しの時限定だったからだ。ウルトラマンの戦闘時間は三分間だったが、私の技が持続するのは患者さんの名前を呼ぶ数秒間のみである。三分間戦えるなら立派なものだ。
   とは言え、患者さんを呼び入れた後でもやはり声色には気を遣うし、丁寧な口調も崩さない。それでも時折「先生、話し始めると感じが違うねえ」と呟かれることもあった。
   だが医療行為は真剣勝負だ。女性だからと舐められたり過度に甘えられると、洒落にならない支障が生じる。しかも私はリハビリ科勤務だったので、「いいですよ! はい、もう一回!」と患者さんの気分を上げる勢いが必要な時もあるのだ。
   しかし何やら患者さんを騙しているようで後味が悪い。せっかくのウグイスがサギになっては困る。そこで私は声を褒められたら自ら宣言することにした。
「あ、この声、三分も持ちませんから。すぐ化けの皮剥がれちゃって、もうウルトラマン以下!」
   狭い待合室に控えめな笑い声が起こる。これはこれでいい。病院での笑いは大事な安定剤だ。
   そしていつの間にか私の肩書が「声の綺麗な先生」から「お笑い芸人みたいな先生」に変わっていったことは言うまでもない。

『食べてただいま』大島絆

   明日の高校生のお弁当用に、きゅうりを刻んでいる。まるまる1本を細切りにして、ビニール袋に入れて塩で揉む。10分ほど置いたら、水気を切り、だしとごま油で味をつける。
   緑の彩りを入れたいときに重宝する。きゅうりが苦手という子はほとんどいないし、濃いめの味つけなので弁当にはうってつけ。児童養護施設で働き始めて今年で8年目、ずっと作り続けてきたレシピだ。
   他の施設では、日々の食事を調理師に任せるところも多いと聞くが、私の働くこの施設では、生活を見る職員が調理も担う、「全調理」のシステムを大事にしている。就職するまで実家暮らしで、ほぼ料理をしたことのなかった私は、はじめの頃、かなり苦労した。調理だけに集中できるならまだ良いのだが、現場には子どもたちがいるので、彼らを見ながら、キッチンでの作業を同時並行で進めなければならない。揚げ物をしようと火を付けた瞬間に、リモコンの取り合いで喧嘩が始まる。生肉を扱っている最中に、「はさみ出してー」と子どもが頼んでくる。そのたびにこちらの作業は中断、何事も自分のペースを守りたい私にとっては、かなりのストレスだった。いらいらすればするほど、野菜の切り方も味つけもいいかげんになり、おいしいごはんになってはくれない。
   それでも続けていれば慣れてくるもので、まともなものが作れるようになると、だんだん楽しくなってきた。おそらく、一緒にチームを組んできた職員の影響だ。たまたまかもしれないが、私の周りには、「食」で気持ちを表現する人が多かった。
   アップルパイが得意で、よくおやつに作る人。「世界一周旅行」をテーマに、ハワイ料理やベトナム料理をどんどん作って、遂にテーブルにおさまりきらなかった人。いつも不機嫌そうなのに、ケーキを作るときはすごくいきいきして、子どもの誕生日やクリスマスには、どかんと巨大なケーキを作る人。
   節分祭りの夜、私は現場で留守番をしていたのだが、お祭りに行った職員が、私にと、田楽こんにゃくを買ってきてくれたことがあった。また、最近大変そうだからと、過去に組んでいた職員が、杏仁豆腐をわざわざ届けてくれたこともあった。どちらも私の好物だった。私の好きなものを覚えていてくれたことも、ねぎらいの気持ちを込めて買ってきてくれたことも、すごく、嬉しかった。
   食べ物は、食べたら後には残らない。でも、込められた気持ちは消えない。形に残るモノのプレゼントも良いが、すぐに消えてしまう、その後腐れのなさが、「食」の良いところだと思う。
   どうせ作るなら、できるだけおいしいものを食べさせてあげたい。喜んでいる笑顔が見たい。そのためなら、一手間を惜しまない。それは、子どもにとって、いつか、心が帰っていく記憶になる。悲しいときや苦しいときに、帰っていける先があることは、命の支えだ。こんな「帰る場所」の作り方もあるのだと、施設の職員のあたたかさに、学んできた。それは私にとって、この8年間の、とても大きな救いでもあった。
   私が児童養護施設で働いて身につけた一番のスキルは、そんな「食」への向きあい方だと思っている。

『小さなヒマワリの思い出』空滝大地

   老健施設の入口正面に、見覚えのある花があった。
   子供の頃に今は亡き祖母の見舞いに訪れて以来、約20年ぶりの同施設への訪問になる。遠方の大学を出て医師となり、地元に戻って早10年以上、まさか非常勤医師として、再び訪れることになる日が来るとは思ってもみなかった。
   私の知る限り、ほとんどの老健施設において、入ってすぐの所に生け花が飾ってあり、施設の顔のようになっている。これらの花の鑑賞を密かな楽しみにしているのは、きっと私だけではないだろう。大抵の場合は、業者が管理しており、四季折々の美しい花が楽しめる。職員やボランティアの方々による個人作品の施設もしばしばあり、プロの「完璧」な作品に比べると、大らかな味わいがあるものが多いように感じる。
   目の前に活けられていた花は後者で、小さなヒマワリのように見えた。後で調べてみるとミニヒマワリというそうだ。数本のヒマワリが凛として咲き誇っていた。色とりどりの艶やかさや、複雑な構成の美しさというようなものは無いが、無骨で真っ直ぐなたたずまいが、私好みだった。職員の方に花について尋ねると、予想通り施設職員の方の作品とのことだった。
   何故ヒマワリの生け花に見覚えがある気がしたのか、なかなか思い出せないでいたが、診察のため、部屋を回るうちに、はたと思い出した。入所していた祖母の友人の田中さん(仮名)の部屋で見ていたのだ……。
   田中さんは祖母の隣室だった。祖母より少し年上だったのではないかと思うが、認知機能もしっかりしており、いかにも明治生まれという気丈な女性だった。私のことも可愛がってくれて、祖母の見舞いに行った際に部屋に招いていただき、よくお菓子などをいただいた。ヒマワリの生け花は、夏休みに訪れた田中さんの部屋に飾られていたのだ。大好きな花で、自宅で育てていたのだと聞いた記憶がある。
   どうして、そんなにヒマワリの生け花が、私の印象に残っていたのかを振り返ってみると、私の中で、田中さんのイメージが小さなヒマワリと綺麗に重なっていたからだと思う。私の祖母にしろ、田中さんにしろ、年齢を重ね腰は曲がってきていても、気骨があるというべきか、心の芯が真っ直ぐに通っている人だった。きっと、子供心に私がヒマワリを好きになった理由でもあるのだと思う。
   記憶を取り戻して少しすっきりし、2階のデイルームで、入所者の方と雑談を交わしている内に、ふと窓の外でヒマワリが風に揺れているのが目に入った。見下ろすと、施設の裏庭にかなりの本数の小さなヒマワリが咲いていた。
   仕事を終えた後、施設の方に頼んで裏庭を見せていただいた。ありがたいことに、ちょうど普段から花の世話をしているという職員の方がおり、ヒマワリについて尋ねてみた。その職員の方によれば、最近入職したものであまり昔のことは分からないが、元々は入所者の方からもらった種を栽培したものだと前任者から聞いているとのことだった。田中さんのヒマワリかは分からないが、少なくとも私にとっては祖母と田中さんの思い出が確かにそこにあった。
   今でも小さなヒマワリを見ると、初心を思い出し、少し背筋が伸びるのを感じる。

『我が家の灯』杉本あずさ

   我が家には夕方に、空気が華やぐ時間帯がある。ヘルパーさんが来てくれるのだ。それを楽しみに、仕事から帰ってきて、夕食の準備に勤しむ。子どもたちの様子を見ながら、やることはいくらでもあるし、一日の疲れも出やすい時ではある。それでも、もう少しでヘルパーさんが助けてくれると思うと、前向きに頑張れるので、有難い限りである。
   ヘルパーさんは、長男のために来てくれる。長男には、知的障がいやこだわりがある。九歳になるけれども、食事は見守りの上で、時には介助が必要だ。入浴も一人ではできない。それでも一般的には、子育ての範疇として、なかなかヘルパーさんの派遣は認められないようだ。しかし、我が家には他にも事情があって、自治体が福祉に積極的であることもあり、ヘルパーさんが来てくれるのだ。
   我が家の事情というのは、まずは次男のことだ。次男には知的障がいは無いものの、こだわりが強かったり過敏だったりするため、大変に手がかかる。次男を抱っこ紐であやしながら、長男の食事や入浴を見ていたときは、なかなかに苦労した。今は更に、三歳になって抱っこ紐に入れておける年齢でもなくなった。次男は夜中によく起きる子でもあり、私はすっかり睡眠不足が慢性化している。そのせいで、頭がよく回らないし、だから家事や育児をてきぱきとこなせない。そう思っていたら、産後うつの診断までもらってしまった。更には、離婚してシングルマザーにもなってしまった。幸いに実家が近く、助けてくれる母はいる。しかし母も高齢で、頼るにも体力の限度がある。そんな我が家に、長男の介護という形でヘルパーさんたちが来てくれることになったのだ。
   数人のヘルパーさんが日替わりで来てくれるのだけれど、偶然にも皆さん若い男性で、歳の離れたお兄さん的な存在だ。人見知りの強い次男も、自宅でしょっちゅう会うことで、すっかり懐いた。家に人が来てくれて、お喋りの好きな長男とヘルパーさんの会話が弾み、家が賑やかになった。ヘルパーさんは私の話し相手に来てくれているわけではないし、次男の面倒を見てもらうわけにもいかない。それでも、狭い我が家だし、ヘルパーさんも、長男と次男や私を大きく区別することもなく接してくれる。ちょっとした会話に癒されるし、次男も楽しそうにしていて私のやることが捗る。
   長男の人生は、これからも人に助けてもらうことを必要とするだろう。でも、助けてくれる人たちのおかげで、楽しく生きていけるのではないだろうか。更には、私や次男も、長男の家族として、その恩恵にあずかっていけるのかもしれない。
我が家の夕方に訪れてくれるヘルパーさん達は、私たち家族にとって灯のような存在だ。まだ若い彼らの人生もどうか、幸多きものであって欲しい。

選評(opsol部門・テーマ部門)

選考委員

鈴木 征浩【opsol株式会社 代表取締役社長 opsol book代表】
宮川 和夫【装丁家(宮川和夫事務所)】*opsol部門・エッセイ部門のみ
opsol book編集部

◆opsol部門 金賞『生を紡ぐ』染夜美月

【あらすじ】
葛藤を抱える者たちが繋ぐ、命の物語。
   緩和ケア認定看護師の資格を取るために、東井大学病院に勤務地を移すことにした看護師の久遠麻衣くおんまいは、勤務日初日に訪れた海辺で天野美鳥あまのみどりに出会う。彼女は、麻衣が配属される外科病棟の看護師だった。感受性が強く、患者や家族と共に涙を流す美鳥と、プロとして白衣姿では絶対に涙を流さない麻衣。真逆の看護観を持ちながら、プライベートの時間の殆どを一緒に過ごす二人だったが、一人の入院患者の死をきっかけに、麻衣は少しずつ美鳥の様子に違和感を覚えるようになり……(『夏の轍』)。
   東井大学病院付属看護学校の学生である立花は、担当患者の大島さんに挨拶するも、不愛想な態度を取られてしまう。全く話を聞いてもらえないことに悩み、指導担当の看護師・植田に相談に向かうが、植田は立花の言葉を無視し、更には心無い言葉まで言い放つ。見かねた麻衣が植田を咎める場面に遭遇した立花は、そこで植田の理不尽な態度にも理由があることを知る。もしかして、大島さんの態度にも何か理由があるのだろうか。そう考えた立花は、大島さんと向き合うことを決意する(『孵化』)。
   看護師、看護学生、病棟清掃員――6つの物語が交錯するオムニバス医療小説。

【鈴木 征浩】
   それぞれの主人公たる看護師や人物の目を通して語られる物語に、著者が看護や医療というものに非常に真剣に向き合っていることが感じられる作品で、ひとつの病院・病棟にはたくさんの想いを持った職員達が関わっているのだということ、そして、患者も職員も、その数だけ代替性のないストーリーを抱えているのだということが良く表現されていました。
   だからこそ、一部の設定やスポットを当てる方向に違和感を感じずにいられなかったことが悔やまれます。本作においては、現実離れした何かを描くのであれば敢えてリアリティあるものを描き、その上でその向こう側まで辿り着いてもらいたい、と感じました。
   展開が駆け足気味に感じられるところはありますが、全体を通じてメッセージ性が高く、力が溢れている作品です。看護とは、病院で働くとは、という根源的な問に向き合った著者の思いが溢れている作品で、さらなるブラッシュアップを経れば、より素晴らしい作品になるものと思います。

【宮川 和夫】
   現役の看護師ということで、医療現場がとてもリアルで丁寧に書かれています。またそれが説明的すぎずほどよく、全体的に読み応えがありました。
   ひとつ残念なのは、1章で物語のキーを握る「天野美鳥」の描写が希薄すぎて実在感を感じられないことでした。
   2章から後がよいだけに、天野美鳥を実体のある人として描き、最終章で第1章での久遠麻衣と天野美鳥の関係性を回収しつつ、麻衣の看護師としての葛藤と成長を描いて欲しかった。そうすればこの作品はさらに素晴らしいものになったと思います。

◆opsol部門 opsol book賞『あしたに一歩。』南木野ましろ

【あらすじ】
あの日握り返した武骨な手は、俺を未来へと導いた。
   サッカーでスポーツ推薦をもらうため、志望高校が開催するセレクションに参加した中学三年生の樹生たつきは、その日の帰りに交通事故に遭い、右足を失った。唯一の取柄だったサッカーも、思い描いていた未来も失い、喪失感と不安、絶望に苛まれ自虐的になっていた樹生は、入院先の病院で義肢装具士の古谷と出会う。
   古谷は、これまで出会った大人とは違い、豪放磊落で傍若無人な男だった。死んだ方がマシだと言い放つ樹生に対し、古谷は荒々しい方法で樹生の本音を引き出す。容赦ない現実とその乗り越え方、義足を履く意義を教えられた樹生は、どこか型破りな古谷を少しずつ信頼し始めていく。
   前を向くことを決め、リハビリに励んでいたある日、院内でひとつの噂を耳にする。その噂がきっかけで、いつも心強い言葉をくれる古谷もまた、過去に捕われ、苦しみを背負っているのだと知り……。

【鈴木 征浩】
   サッカーの道を志す少年が交通事故に遭い片足を失い、義足が必要になったことをきっかけに始まった義肢装具士との交流の物語で、ストーリー展開的には、両者の交流が主人公の心だけでなく義肢装具士のそれの救いにつながっていく、というある種王道的なもので、それ自体は決して悪いとは感じません。しかしながら、全体を通じて様々な要素に「軽さ」を感じずにいられなかったことが非常に残念でした。
   未来に大きな夢を描くことができる中学三年生で、サッカーの道を志す少年が片足を失うとは、どういうことか? 物語の根幹であり絶対的な存在である主人公が向き合わざるを得ない現実に、その心に、向き合うことで、はじめて意義が生まれる物語だと思います。また、それがあるからこそ、他の要素にも色が加えられていく物語だとも思います。
   主人公に、登場人物に、もっともっと真剣に向き合ってほしい、と強く思いました。

【宮川 和夫】
   サッカーの才能があり、スポーツ推薦で高校へ行こうという少年が、交通事故で片足を失ったときの絶望はいかばかりでしょう。まずその「絶望」を描かずして物語は始まらないと思いますが、その描き方が淡泊すぎるように思いました。また、彼の新しい「足」を作るべく義肢装具士が出てきますが、この人物を描くエピソードの一つが同性愛者である必然性が見当たらないことも気になりました。少年と義肢装具士のバディ感、会話のテンポの良さや物語を読ませるテクニックなど光るところが多いのでもったいないと思いました。

◆テーマ部門 金賞『母の思惑』南木野ましろ

【あらすじ】
母の愛を信じられない娘と、母のことを知りたい息子。タイムリミットは、四十九日。

   幼少期に生みの母から虐待を受けていた睦月むつきは、父の再婚により新しく母となった養母のことが誰よりも大好きだった。父亡き後も母と二人で穏やかに暮らしていたが、そんな日々は突如終わりを告げる。母に病気が見つかったのだ。
残された時間はあと僅か。そんな中、睦月は母から一通の手紙を投函するよう託される。宛先は母の姉。その手紙以外、睦月には何のメッセージも残さないまま、大好きな母はこの世を去った。
   彼女の死後、睦月のもとに冴木さえきという一人の男が訪ねてきた。彼は自分のことを、睦月の養母の実子であると言う。しかも、あの日睦月が投函した手紙は、母の姉ではなく冴木に宛てたものだったらしい。実子の存在を知らなかっただけでなく、自分ではなく冴木にだけ手紙を残したという事実に、睦月は大きなショックを受ける。さらに冴木は、自分の知らない母のことを教えてほしいと言い出し……。

【鈴木 征浩】
   女性を主人公に、男性との出会いと恋を描くという王道展開は、決して悪いものではありません。王道には王道たる理由があります。しかしながら、王道は王道であるが故に、マンネリを生みやすく、埋もれてしまいやすいということもまた事実です。
   王道の型や枠ありきで、登場人物やそれらの行動などを、その枠のようなものに当てはめるように執筆されているのかな、という印象を受けました。もしそのようなスタイルで臨むのであれば、王道としての道の掘り下げを追求しないと埋もれてしまい、思いが読者に届きにくいと思いますので、王道作品としての深さやオリジナリティの追求を強く意識していただくとより良くなるのでは、と感じました。
   王道作品というものは、意外性が少ない代わりに読者に安心感を与えてくれるというプラス面があるものですが、そこで終わらず、その中で作品の、そして著者の色を、追求していただければ、と思います。

【宮川 和夫】
   登場人物のキャラクター設定も内容もライトノベル感があり、最後までテンポよく読めました。主人公の睦月も恋に落ちる相手の冴木の姿や表情もよく描けていますし、クライマックスからエンディングに向かう描写も好きです。
   ただ気になるところは、冒頭の冴木の言葉づかいの豹変と舞台が関西なのに皆標準語というところです。
   大賞まであと一歩という理由の一つは、この内容が果たしてハナショウブ小説賞の大賞を授賞する作品として必要十分条件を満たしているかということだと思います。

◆テーマ部門 銀賞『二通の手紙』のがみなみ

【あらすじ】
消えてしまった父と残された家族を結ぶ、二通の手紙に隠された真実とは――。
   律香りつかの父は頼もしい人であった。それと同時に、仕事一辺倒な人でもあった。災害が起こると、父は家族を置いて職場に駆けつける。それは、阪神淡路大震災が起こったあの日も同じで、律香と母は「無事で帰ってきて」と父を送り出した。父の職場の近くには、姉の住む下宿先がある。姉の様子も見てきてほしいと頼んだが、姉は地震が原因で亡くなり、あの日以降、父は帰ってこなかった。
   父が行方不明のまま時が過ぎ、律香は父の記憶を心の奥底にしまいこんでいた。ある日、育児サポートを依頼している雲丹亀うにがめの自宅で一枚の写真を目にする。そこには、あの日見送った父の姿があった。雲丹亀は、写真に写る男性が律香の父であることを知ると、とある包みを取り出す。そこにあったのは、父から律香への手紙と、そして……。

【鈴木 征浩】
   阪神・淡路大震災による家族の喪失という非常に重いモチーフを用いた物語で、描かれている被災者の心情は、胸に突きつけられるものを感じました。
   半面、各場面が足早に感じられ、密度が薄い、そしていわゆる「ご都合主義」と呼ばれるような展開に過ぎるのでは、と感じる箇所がありました。モチーフが重厚なだけに、ラストを含め、ひとつひとつの要素や展開を、もっと丁寧に描くことができれば、と思いました。
   また、震災被災者を、その心情を、リアルに描くために、絶対的に必要な要素であろう関西弁が用いられていなかったことも、残念に感じました。被災という極限の状況においては、被災者の言葉は普段使っている言葉になるはずで、そういった言葉を用いなければ描けないものがあるはずです。小説としての読みやすさを意識されての選択だったかもしれませんが、本作に置いてはそれが強い違和感になってしまっていることが非常に残念でした。

【宮川 和夫】
   阪神淡路大震災をテーマに、行方不明になった父親との絆と主人公の再生を描くドラマで、心を揺さぶられました。その中で気になった所を幾つか指摘します。
   1.関西が舞台なのに登場人物がみな標準語であること。2.別れた夫が何故河原でブルーシート生活をしているのか。3.夫と別れたきっかけが不自然ではないか。4.夫の友人がゲイである告白は必要だったのか。
   最終選考に残る力はあるので、プロットから見直して是非再チャレンジしてほしいと思いました。

◆テーマ部門 opsol book賞『文車』藍田陽彦

【あらすじ】
消えない罪の意識。秘密を共有し、それでも二人は生きていく。
   
畦倉浩輔あぜくらこうすけ丘史恵おかふみえは、同じ大学に通う同人仲間だった。卒業後は交流が途絶えていたが、四十年の時を経て、ふとしたことがきっかけで手紙のやりとりが始まる。
   あの頃、畦倉は丘に好意を寄せていた。しかし、丘は同じく同人仲間であり畦倉の大親友でもある野口と付き合っていた。親友と恋のライバルとして争いを繰り広げる中、野口が丘にプロポーズをしたことで、畦倉の恋に終止符が打たれた、はずだった。
   社会人となり、数年の時が過ぎたある日。フリーライターになった畦倉は、若手銀行マンとして働く野口へ取材をすることになった。取材後、畦倉が野口の誘いでとある場所に向かうと、そこで悲惨な事故が起こってしまう。
   長年秘め続けてきた想いと、忘れることのできない“あの日”のこと。二人が交わす往復書簡により、止まってしまった時計の針が動き出す――。

【鈴木 征浩】
   小説文としての文章力が非常に高く、そういった観点では、最初から最後まで非常にスムーズに読むことができました。
   惜しむらくは、物語の流れとしての魅力を描き切れていないと感じるところです。それぞれの要素・エピソードについて、物語の中での必然性を感じにくいものや、密度が低く感じるものがあり、それらについてよりブラッシュアップされれば、という思いです。重要登場人物の死に代表されるそれらの要素が、もっと意味を持った、多面的なものとして描かれたなら、と感じずにはいられません。
   大部分で往復書簡のスタイルが採られており、「手紙」というテーマ・モチーフがもっとも有効に用いられていた作品であり、文章力も確か。自身の描きたいもの、表現したいこと、そういったものをより明確にイメージし、それらと向き合っていただけたなら、さらに良い作品になるかと思います。

【宮川 和夫】
   往復書簡の形を取り、その中に小説を組み入れ、男二人女一人の恋愛模様を描く作品で、恐らく著者の歩んできた歴史も反映しているのかと思います。
   文章力、表現力ともに優れていると思いますが、シニア世代の恋愛模様の世界線に入り込むことがどうしてもできませんでした(私の読み手としての力不足です)。
   とはいえ、今後オーバー60,70世代の書き手の登場を期待してやみません。

選考委員・宮川 和夫より

   全体を通して言いたいことは、皆タイトルの付け方がよくないということです。
   タイトルは読者を物語に誘う最初にして最大の武器です。あだ疎かにしてはいけません。小説を書いて終わりではなく、最後の最後までタイトルにこだわってください。

総評

   ハナショウブ小説賞も、第3回の最終選考を迎えることができました。
   先ずは、大切な作品を、ご応募というかたちで弊社にお預けいただきました著者の皆様に、深く御礼申し上げます。そして、長編作品を書き上げるという偉大な行為に対して、心より敬意を表します。

   今回は新たな取り組みとして、エッセイ部門を創設させていただき、医療・介護・福祉にまつわるエッセイを募集させていただきました。

   おかげさまで多数のご応募をいただくことができ、様々な方の目を通した様々な医療、介護、そして福祉に触れることができました。応募者の皆様は、年齢、性別、ご職業、お住まいの地域、そういったものは実に多様であり、もちろん表現されている内容も千差万別なのですが、半面で、医療、介護、福祉というものについて、共通した何かを感じもしました。そして同時に、そういったことをエッセイという形にするということの意義も、再確認させていただくことができました。

   結果的に10名の方に授賞させていただくことになりましたが、残念ながら受賞とはならなかったたくさんの作品それぞれに、文章に込められた何かを感じたということ、謹んで申し添えます。ご応募くださった皆様、本当にありがとうございました。

   そして今回は、第3回にして初の、opsol部門ならびにテーマ部門の大賞受賞作該当無し、という結果となりました。

   この結果に至るに当たり、選考委員会では熱い議論が交わされました。大賞を授賞し作品を世に送り出したい、そんな強い希望を持って選考に当たっている選考委員たちは、同時に、過去の大賞受賞作と正々堂々と肩を並べていただける作品でなければ授賞させていただくことはできない、という、使命感と覚悟とを持ち合わせています。そんな選考委員会の苦渋の決断でありますことを、選考委員長として謹んで表明いたします。

   その上で、応募作品の全体を通じて感じたことをいくつかご紹介させていただきます。

   まず、タイトルについて、非常に残念に感じる作品が多く見受けられました。タイトルはまさに、作品を象徴するものであり、作品を背負って立つものです。それ故にタイトル付けという行為は大変な苦難を伴うことが多いものですが、それでも、相応しいタイトルを付けるということは、その作品に最後の命を吹き込む行為であり、避けて通れないことだと考えています。自身の作品ととことん向き合い作品を象徴するタイトルを付けるということに、もっともっとこだわっていただきたい、と強く思います。

   そして、書き終えた後、全体を通じた通読・見直しを、丁寧に行っていただきたい、ということもまた、強く思いました。執筆は本当に大変な行為で、小説を書くという行為はある種生命を削る行為だと思っています。それ故に、書き続けること、書き終えること自体が難しいあまり、書き終えた後の通読が飛ばし読み気味になってしまったり、見直しをする気力が沸きにくくくなってしまったりする方も多いだろうと想像しています。しかしながら、作品がさらなる高みに登るためには、冷静な視点での確認が不可欠です。それをすることで作品の質は確実に向上すると確信していますので、ぜひ取り組んでいただきたいと思います。

   最後に、自身の書きたいこと・表現したいものやテーマと、とことん向き合い、試行錯誤していただければ、と思います。小説というかたちで何かを表現するのは容易ではありません。根幹の部分とどれだけ向き合うことができるか、そしてトライ&エラーを繰り返すことができるかによって、作品の進む道を適正化できる可能性は大きくなると思いますので、ぜひ、と思います。

   改めまして、今回もたくさんの情熱溢れる応募作品と向き合わせていただくことができたこと、心より光栄に思います。皆様、本当にありがとうございました。

   ハナショウブ小説賞は第4回も開催予定です。ぜひまたそちらに挑戦していただけましたら、と願っております。

2025年3月31日
opsol株式会社 代表取締役社長
opsol book代表 鈴木 征浩